今週のメッセージ

2015年3月29日


本日の礼拝説教要旨

「十字架の主イエスを仰ぐ」 イザヤ50:4-9 マルコ 15:21-41      足立宏牧師

【わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか】34節  

十字架直前の鞭打ち刑を受け、又数多くの精神的屈辱の後、両手両足に釘を打ち付けられ、主イエス様は十字架刑に処せられました。朝の九時から、午後三時まで、約六時間です。十字架刑の場合多くは、両手両足の釘が、全体重を支え、あまりの激痛のためにしばしば死刑囚は気を失ったそうです。ところが気を失ってうなだれると、そのたびに両手両足の釘が革と肉を裂き、新たな激痛が全身を襲ったのです。そんなことを繰り返しながら、からだは次第に衰弱し、人々の中傷と罵声を聞きつつ死を迎えるというのです。そういう状況下で主は七つの言葉を残されましたが、本書には、第四番目の言葉一つだけが記されています(34)。 その意味とメッセージを受け取りましょう。
1. 父と子のつながりを失う痛み
2.捨てられた者にも届く福音

 聖書の箇所
21そこへ、アレキサンデルとルポスとの父で、シモンというクレネ人が、いなかから出て来て通りかかったので、彼らはイエスの十字架を、むりやりに彼に背負わせた。22そして、彼らはイエスをゴルゴタの場所(訳すと、「どくろ」の場所)へ連れて行った。23そして彼らは、没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。24それから、彼らは、イエスを十字架につけた。そして、だれが何を取るかをくじ引きで決めたうえで、イエスの着物を分けた。25彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった。 mark 15:26イエスの罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてあった。27また彼らは、イエスとともにふたりの強盗を、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。28{こうして『この人は罪人とともに数えられた。』とある聖書が実現したのである。} mark 15:29道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって言った。「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。30十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」31また、祭司長たちも同じように、律法学者たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。「他人は救ったが、自分は救えない。32キリスト、イスラエルの王さま。今、十字架から降りてもらおうか。われわれは、それを見たら信じるから。」また、イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった。33さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。34そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。35そばに立っていた幾人かが、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言った。36すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。」37それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。 mark 38神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。39イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった」と言った。40また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。41イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。