今週のメッセージ

2015年5月10日


本日の礼拝説教要旨  

「祈りに導かれて」Ⅰサムエル1:1-20 ピリピ4:6-7     足立 宏 牧師

【私はつのる憂いといらだちのため、今まで祈っていたのです】16節

昔からいじめがありました。預言者サムエルの母となったハンナは、競争者ペニンナから執拗な攻撃を受けていました。しかしこの痛みを通して、彼女は主との深い交わりに導かれとも言えます。彼女の祈りは、はじめは子を下さいとの願いであったと思われます。けれどもそれが悩みの繰り言で終わらず、あることを決意することになるのです。  
ハンナを祈りに駆り立てたものは、ペニンナとの諍いから抜け出たい、との思いでしょう。しかしハンナは祈りの中で、自分が変えられていきました。根本的な変化は、与えられることだけの発想から、献げることの恵みを知ることでしょう。これは主との人格的交わりに生きようとする祝福の道です。としますとこれは、子どもがない女性が、祈りによって子どもを与えられたという信仰目でたしの出来事ではありません。神が人の求めに答えて下さっただけのことなら、産まれた子どもを自分の手元に置いておいて良かったでしょう。しかし真に祝福された人生とは、神の前に自分が生かされていることの意味を問い、そして主への信頼に生かされることに導かれます。その意味で、ペニンナは神から遠い存在で、ハンナは御座におられる主を仰ぐのです。  祈りの答えであるサムエルを授かったハンナにとって、その息子を主に献げることはどんなにいとおしかったことでしょう。けれども彼女は見事に献げたのです。彼女にとっては、大きな損失。しかし神の民イスラエルにとっては、無限の霊的祝福の基となりました。一人の子どもの誕生、そしてその生き方が宣教に深く関わってきます。今日神学校は閑古鳥が鳴いています。献児式をした私たち親は何を願ってささげ、育てたのでしょうか。自分の子が主の祝福を流す器となることを切に願い、自らを献げようではありませんか。

*悔しいとき、辛いとき、あなたは誰に訴えかけますか。
*祈りの中で、自分の思いが変えられていったことがありますか。どなたが触れて下さったのでしょうか。  

 


Page top  

 HOME  主日礼拝  聖書日課・学び会  ニュース Link
  礼拝プログラムの説明 聖書日課   教団へリンク
  乳幼児とご一緒の方 学び会    
    地域集会    
         
 教会の紹介 教会学校  説教  Q&A  Service
教会の歴史 教会学校の約束 メッセージ 教会について CGNTV
牧師の紹介 教会学校のQ&A キリスト教について
教会内部の写真 教会学校の行事    
池田中央教会の信仰        
          


  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。