今週のメッセージ

2015年5月31日


本日の礼拝説教要旨  
 『主イエスの懐で憩う』  マルコの福音書2章18-28節   足立 宏 牧師

【人の子は安息日にも主です。 2章28節

ある安息日のこと(当時は土曜日)。イエス様とその一行が麦畑の中を通っていたら、おなかをすかせた弟子達がそこにある麦の穂を摘み、手で揉んで食べ始めました。申命記の23章25節に「隣人の麦畑の中に入ったとき、あなたは穂を手で摘んでもよい、しかし、隣人の麦畑でかまを使ってはならない。」とあります。このことから弟子達が麦畑で麦の穂を摘んで食べたことが悪いことではないことがわかります。パリサイ人が文句を言ったのは、その日が安息日だったからです。
では、安息日とは、どういう日なのでしょうか。出エジプト記20章1~18節(十戒)の四番目に「安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ」とあります。
創世記では、主なる神様が6日間で、この天地の全てのものを創造し、7日目の安息日にはご自身を憩わせられたと、書かれています。神ご自身も休息を取られたというのが安息日の始まりなのです。
そして神様はこの安息日の恵みを私たち一人一人にも提供してくださっています。私達が6日間社会で働きます。当然疲れを覚えるでしょう。しかし、主は安息日の礼拝において癒やして下さり、心と体を憩わせて下さるのです。
その安息とは、神を崇めるところから与えられる平安です。主に造られたお互いが共に主の前に出ることにより、憩わせていただけます。神様の懐に抱かれて、御名を崇めます。ここに人間としての原点があるのです。
1.ルールと人間、どちらが、より大切ですか?
2.安息日の主(ぬし)は、誰でしょう?

 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。