今週のメッセージ

2015年6月7日


本日の礼拝説教要旨  
「祝福の原点」 エレミヤ17:14-18 マルコ3:1-6     足立 宏 牧師

【安息日にしてよいのは、善を行うことなのか、それとも悪を行うことなのか】4節

 ある安息日,イエスが会堂でみことばを教えておられました。多くの礼拝者、聴衆がいたと思われますが、その中に片手が不自由な人が出席していました。どんな仕事をしていたかはわかりませんが、生活していく上で少なからぬ困難があったと考えられます。彼はイエスが語られるみことばを聞こうとして、多くの会衆と共に安息日の礼拝を捧げていたのです。またそこには律法学者やパリサイ人も出席していました。残念ながら彼らは、イエスを訴えようと思って、安息日にその人を癒されるかどうかを伺っていたのです。
 ここでも律法学者やパリサイ人が問題にしているのは,安息日という一点です。イエスが、自分たちが大切な伝統として守ってきた安息日のしきたりを覆そうとしている。そのことが許せないのです。
 一方イエスは彼らの心を御存知です。問題は,安息日と言われる24時間です。もしイエスが平日に癒しの御業を行ったなら、彼らから何の文句も出なかったでしょう。しかし主は,あえてパリサイ人、律法学者と対決するため、手のなえた人を、真ん中に出させました。
 これを聞いて律法学者,パリサイ人はイエスが自分たちの罠にはまったと思ったでしょう。ところが主は逆に彼らに問いかけをなさいました。安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのとどちらが良いかと。安息日の本質を突いた質問に、彼らは答えることはできませんでした。

1. パリサイ人は何故安息日にこだわったのでしょうか。
2. イエスの質問によれば、安息日は何のためと言っていますか。
3. 私たちが安息日(主日礼拝)を大切にするのは、何故でしょうか 。
 

 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。