今週のメッセージ

2015年6月14日


本日の礼拝説教要旨  
この箇所の基キーワードは、「心配」ですこの「心配」するという言葉は、くよくよ思い煩うといこと、必要以上に不安になると言うことを意味します。特に生活のことで、いろいろ厳しい現実に直面すると、私たちは心配になります。
神様は将来のことは何も考えるなとか、蓄えなんかいらない、とは仰いません。やはり蓄えることは大切です。よく考え、計画を立て、勤勉に働くことは大事です。
ではここでいう心配とはどういうことでしょうか。それは初めて子を持つ親の思いを表していると言ってよいでしょう。うつぶ窒息しないだろうか。ミルクを飲まないと栄養は足りているのかと、心配の種は尽きないのです。
ところが思い煩いは、性格の問題ではなく、信仰の問題なのです。要するに心配性は、不信仰なのです。小さな信仰のため、何かが起こるとパニックになってしまうのです。そして自分の感情に振り回されてしまうのです。私たちは、信仰告白で、全能の父なる神を信じますと、告白します。これは頭でわかっているのです。しかし、いざ困難に直面すると、恐れや不安に押しつぶされてしまいます。実はこのメッセージを最初に聞いていた弟子たちも、嵐の中で、イエス様に私たちがおぼれても何もお思いにならないのですかと、取り乱していたのです。み言葉を聞いただけでは、自動的に信仰が深まるわけでもないのです。実際に取り扱われる経験が必要なのです。
ではどうすればよいのでしょうか?
・自分力で、心配する心をコントロールできるでしょうか?
・感情に押し流されて判断しそうなとき、誰に何を求めますか?
・最近神様のご支配とイエス様のご介入を求めた経験があれば分かち合って下さい。

 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。