今週のメッセージ

Message

本日の礼拝説教要旨

「イエスの後についていく」 
     箴言3章1-10節 マルコの福音書8章31節~9章1節  足立宏牧師  

[だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、
そしてわたしについて来なさい。] (マルコの福音書8章34節)

 十字架の必然を予告されたイエスを、ペテロは否定したのですが、主から「引き下がれサタン」と喝破されました。この引き下がるという言葉は、「私の後ろに来い」というメッセージでもあります。
 ペテロはもとガリヤこの漁師でしたが、「私についてきなさい」という主の言葉に召し出され、イエス様の弟子になったのです。弟子になるということは、主の後についていくことです。
 そこで主は、弟子には犠牲がいることを明言なさいます。自分を捨て、自分の十字架を負うて、主に従うとはどういうことなのでしょうか。それは、この世で自分に価値のあるもの(時間、富、エネルギー)を主のために手放し、主に従う故の苦難も受け止めていくことです。イエス様に従う人は、自己保身ではいられません。
主のために損をすることも起こってきます。
 私たちは御子イエス様に従っていきたいと願っていますが、同時にペテロのように、イエス様に対してこうすべきだと指示したがります。主は私たちの助言など必要ではありません。私たちがただ信仰者として従順であるように願っておられます。

主の弟子になることは、自分の言うことをイエス様に聞かせることではなくキリストに耳を傾け、主に信頼してついて行くことなのです。
              

 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳2017(©新日本聖書刊行会)を使用しております。