今週のメッセージ

Message

   

本日の礼拝説教要旨

 「だれに信頼するのか」 出エジプト34:29-35 マルコ9:14-29    足立 宏牧師

【信じます。不信仰なわたしをお助けください】24節

少年が引き付けを起し、あわを吹きながら転げ回ります。父親はイエスにすがって、「もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください」と叫びました。「おできになるものなら」という父親のことばには、常識の域を超えない不信仰が横たわっているのでしょう。

 そこで主は問われます。「できるものならと言うのか」と。 そこで父親は自分の信仰から疑いを追い払うかのように、「信じます。不信仰な私をお助けください」と言いました。父親の持った信仰は不信仰と紙一重のようなものかも知れません。しかしそこには主によりすがる明け渡しがあったと言えるでしょう。その姿勢にイエスは応えられたのです。

 家に帰ってから、弟子たちはイエスに失敗の理由を尋ねました。主は、祈りが不可欠であることを語られます。信仰が強調された出来事は、祈りの重要性をもって結論づけられています。

 ここに描かれている祈りは、自分の欲することをただ願うだけの浅薄なものではなく、世の喧騒を避け、神と親しく交わり、御心のみを求めて格闘するような、真剣なあり方なのです。

†神を信じると言いながらも、自分に頼ろうとする誘惑の瞬間が多々あるでしょう。あなたの人生の難題を解決できるお方は、主なる神だけであると覚え、主にだけ信頼しますか?

†祈りは神への信頼を表現するものです。ですから、短い祈りにも、信仰の原動力を現すことができます。

あなたが一日のうちで、主のために聖別して、祈る時間はいつでしょうか?


 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。