今週のメッセージ

Message

   

本日の礼拝説教要旨
                         足立 宏牧師

【それは人にはできないことですが、
  神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです】27節

 金持の青年が悲しみながらイエス様の元を去って行くと、主は弟子たちに「裕福な者が神の国に入ることは、何とむずかしいことでしょう」。「金持が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい」と仰いました。  
 「それでは、だれが救われることができるのだろうか」と弟子たちは驚きを隠しません。  27節の「それは人にはできないことですが、……どんなことでも、神にはできるのです」という主のことばに、救いのメッセージが要約されています。罪と死と滅びから救われる(神の国に入る・永遠のいのちを受ける)ことは、人のわざでは不可能なのです。それは、金持で在ろうとなかろうと、人間的な事柄を頼みとするなら、無理なのです。しかし神の恵みに望みがあるのです。  
 一方弟子たちは、自分たちはあの青年とは違い、何もかも捨てたのだから、その犠牲に応じて、何らかの神からの報いを期待して良いと、考えました。しかしそこにも、間違いが入り込んでいます。
 やはり弟子たちが受ける祝福も、払った犠牲による功績ではなく、恵みなのです。そして、「先のものがあとになり、あとの者が先になることが多い」ということばの中に、報いとしていのちを受けるという考え方は、退けられているのです。

† あなたは財産や、能力等を自分のために増やすことが、
  生活の中心となっているでしょうか。
  それとも、主のために喜んで手放す御国の人でしょうか。
† 奉仕も救いの保証とはなりません。
  キリストの恵みにより頼む信仰を喜びとしているでしょうか。


 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。