今週のメッセージ

Message

   

本日の礼拝説教要旨

[信仰・祈り・赦し]  詩篇42編1-12節 マルコの福音書11章20-25節

祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。25節

 主イエスを受け入れた者は、聖霊の宮として、どこにあっても礼拝できます。祈りを通して主との交わりが出来るのです。そして私たちは祈る中で、主から対人関係を問われます。イエス様は私たちに立派な言葉で祈りなさいと仰いません。 特に対人関係で恨みをもっているなら、主はそこに赦しと癒やしが必要です、と仰るのです。マタイの福音書5章23-24節。
 祈りの中心は、赦しの恵みを確認することにあります。それはあくまで十字架のイエス様から与えられるものです。そして私たちは祈る中で、自らの赦しを確かめつつ、人の罪や過ちを赦す恵みに導かれていくというのが、イエス様のメッセージです。 主の祈りは、我らに罪を犯す者をわれが赦すごとく、我らの罪をもゆるしたまえ、とあります。これは私たちが祈り時、赦して下さった主と、その十字架を仰ぐこと、また対人関係にその恵みが及ぶこと主が語りかけておられるのです。
 私たちの信仰生活に力がないとするなら、その理由に一つは、この点で祈りを受け止め切れていないことがあるでしょう。もう一歩掘り下げてみるなら、自分を深く築けた人を赦せない思いを持ち続け、その苦い思い出で祈ろうとするからでもあるのです。

†恨みの心を抱いたまま、すまし顔で祈ってみても、神様に真っ直ぐ届きません。
 どうしたらよいのでしょうか?







 


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  わたしたちは、まず聖書を神のことばと信じ、その聖書が伝えるイエス・キリストの十字架とその復活によって罪の赦しをあたえる完全な救い、聖霊のめぐみによる
潔められたクリスチャンとしての霊的、人格的成長をめざす教会です。統一教会・エホバの証人・モルモン教とは一切関係ありません。


  聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)を使用させていただいております。